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2017-09-01

大学はひととひとが出会う広場です.

今回から数回にわたって「慶應義塾大学障がい学生支援センター準備室」のプロジェクトメンバーの紹介とメッセージをお届けします。読者のみなさんにはプロジェクトを身近に思ってもらえるようなきっかけを提供すると共に、なぜこのようなプロジェクトが発足したのかをお伝えできればと思います。

そして「準備室」では、いつでも困難を前にしたみなさんからの相談をお待ちしています。いっしょに考え行動するために、ご相談がある際にはいつでも気軽にメールフォームから連絡をとって下さい。スタッフが対応をします。

インタビューの第一回は、この「慶應義塾大学障がい学生支援センター準備室」というプロジェクトの発起人である文学部教授の岡原正幸先生にインタビューを行いました。みなさんに慶應義塾大学における障がい学生支援の現状を伝えると共に、「準備室」のプロジェクトがどのような地点を目指しているのか、実際の声をお届けします。

 

語り:岡原正幸(文学部教授/障がい学生支援センター準備室)
構成・写真:荻野亮一(社会学研究科博士課程/障がい学生支援センター準備室)

 

 

■「生の技法」から

 

--岡原先生のご専門を簡単にご紹介ください。

障がい学といって、うまく伝わるでしょうか。その障がい学という、近年よく耳にするようになった学問のなかで、僕自身は障がいをもったひとが生活をする上で関わる諸々について書いたり調べたりしています。ほかに感情社会学、アートをつかった社会学の実践(アートベースリサーチ)なども専門です。

 

■ 実践の知を集積していく、「安心」を可視化する

 

--障害学生支援センター準備室は何を目指しており、どのような支援を受けることができますか?

今回の「準備室」というプロジェクトの立ち上げの大きな理由は、現時点で慶應義塾大学の中に実際にそのような部署や機関が専門的には存在していないからです。他大学が、そのようなセンターや支援室を作っているのにも関わらず、いま、この大学では依然として個別にその都度、担当の先生や学部、キャンパスが対応しているという状態になっています。ひとつひとつの事例で培われた知恵のようなものを蓄積していって次につなげるということが重要です。

それから、広報についての問題に関していえば、他の大学がしっかりとしたWEBサイトなどで情報を案内しているにも関わらず、慶應義塾大学の公式WEBサイトで「障がい学生」であるとか、その支援ということについて調べると全く的外れのWEBページが表示されてしまうような状態になっています。これは少なくともこれから慶應義塾大学に入学を希望している障がいをもっているひとにとってみれば、この大学は自分たちを受け容れてくれるのだろうかと心配になるような状態だといえるでしょう。このWEBサイトの運用も含めて、さまざまな広報活動を通じて、そのような心配を解消したいです。

もうひとつのポイントは、先生や職員が、障がい学生にどのように対応するのかということに関するものです。現在は基本的に個別の現場での対応に任せられているので、広範にわたる様々な「障がい」について、どのように対応すればいいかわからない教職員がたくさんいるという状況になっています。この状況に対して、ある程度の指針を与えていくということは、これから障がいのあるひとを積極的に受け容れていこうとするのであれば、絶対に必要なことでしょう。その礎をつくろうというのが、この「準備室」というプロジェクトの中心的なミッションになるかと思います。

 

--岡原先生は「生の技法」(注1)では、立命館の立岩先生たちと重度身体障がい者の自立生活の可能性について論じられ、その後はNPOノアールの熊篠さん(注2)たちと障がい者の性愛の問題にも取り組んでこられました。そのような一連の流れの中で今回の取り組みはどのように位置付けられるでしょうか。

僕は、もともと障がいをもったひとがどのように生きていくのかということについて関心をもっています。実際の研究では、障がいをもっているひとと話をしながら色々なことを考えますが、結果として現れ出てくるものは障がいのあるなしに関係なしに通用する「生の技法」です。ですから「生の技法」は、障がいをもったひとの「生の技法」ではなく、ひと(一般)の生きていくための技法なのです。その意味ではノアールの熊篠さんとの協同も同じ発想です。

そのなかで大学という社会空間のうちで、障がいをもって生きていく、あるいは障がいをもったひととどのように関わっていくか、ということは当然考えていかなければならないことの1つになってきます。これまでも、この課題については考えてきていて、個別の場面では様々に対応をしてきましたが、いまは周辺状況も大きく変化しています。たとえば、差別解消法(注3)が昨年の4月に施行されたので、明確に慶應義塾大学としてもこれは取り組まなくてはならない課題になっています。

これまでは、慶應義塾大学では先ほども述べたように、基本的にその都度、個別の対応をして、それぞれの事例が蓄積されることなく、そのたびごとにゼロからそのひとの障がいの特性にあわせて何かをするという対応をとってきました。しかし、差別解消法が施行されると、そのような個別対応だけでは明らかに足りないだろうと考えます。そのなかで、こういった準備室のようなプロジェクトを稼働させること、そして実際にセンターのような機関を立ち上げることが求められます。むしろ、僕からすれば、なぜこれまで、慶應義塾大学がそのような機関をつくってこなかったのかが、不思議なくらいに思えます。東京大学や早稲田大学が、早くから対応をしてきた中で、なぜ、これほど何もしてこなかったのでしょうか?

 

もうひとつ大事なことは、現在、いま、ここの慶應義塾大学にも障がいをもった学生や先生がたくさんいるということです。今までも様々な障がいをもったひとを受け容れてきて、それぞれ対応しているので、そのことを公にして、そういった障がいがあっても慶應義塾で学ぶこと、研究することはできるのだという姿勢を打ち出していくべきです。そして、それを明らかにすることで様々なバックグラウンドをもった優秀な学生や研究者が集まってくる、そのことは大学にとって絶対に有意義なことです。いつでも、間口は広くとっておく必要があるでしょう。現在の慶應義塾大学の公式WEBサイトの内容や表記では、少なくとも学生が進学、研究者が教員として就職しにくい状況となっています。相対的にみれば、他大学と比較した際に何もしていないかのようなPRの仕方なので、それでは選んでもらえないのも仕方ないといえます。たとえば、障がいのあって大学で学びたいと考えているひとが、早稲田大学と慶應義塾大学のどちらに進学するかを選ぶだけでも、さまざまなかたちで丁寧に支援を行い、広報を打っている早稲田大学を選択することが今のままでは自然だということになってしまうでしょう。そのようなことがおこりうるということは慶應義塾大学全体にとっても残念なことだと思います。

 

 

■「ちがう」ひとや文化と出会うための広場としての大学を目指して

 

--昨年度より障害者差別解消法が施行され、国公立大学や独立行政法人などには障がい者に対する合理的配慮を講じることが義務とされました。私学も含めたそれ以外の法人においてはこの義務は努力義務とされていますが、慶應義塾としては、どのような立場をとるべきだとお考えでしょうか?(文科省は所管の学校法人に対して、法整備にあわせて対応指針を打ち出していますが、合理的配慮については対応指針内でも学校法人においては努力義務があるということが確認されるに留まっています)

大学というのは、公共性の高い空間です。民間の企業と同じ立場にたって、それと同じ程度のことをすればいいということでは全くありません。ですから、努力義務であるといっても、大学に関していえば、少なくとも国公立大学と同程度の内容に基づく環境整備が必要になると考えられます。さらに、慶應義塾大学ほどの大きな学校法人ならば、そもそも、様々な合理的配慮を講じることができてしかるべきだということも指摘できます。非常に小さな私立の学校法人で、整備の段階で費用面などの困難さを抱える可能性はありえます、しかし、慶應義塾大学に関しては、そのような状況にあるわけではなく、また、そのような「言い訳」をすべきでもありません。これだけの予算規模があって、様々なことをしている総合大学において、ましてや、医学部、看護医療学部、薬学部、さらには健康マネジメント研究科といったケアに直接間接に関わる学部や大学院があり、医療との連携をとることもできるなかで、また、社会福祉や社会政策を専門とする教員がいるなかで、当然合理的配慮もさまざまな含んだ対応は取り組んでいってしかるべきであるでしょう。

さらに常識的なこととして、大学という場所、ましてやその大学が世界標準のグローバルな場所になろうというときに、障がいをもった学生が見当たらないような大学はグローバルでも何でもないと思います。もし慶應義塾大学が仮にグローバルな大学になりたいならば、その面からも障がいをもった学生がキャンパスの中にたくさんいるという状況が自然に生まれる必要があるといえます。大学職員については法規定に基づいた障がい者雇用制度の運用を進めてはいますが、それでもまだ改善することのできる余地は残っているときいています。慶應義塾大学は障害者雇用について法規定に準じた必要な人数を雇用していないはずです。そういうところも含めて変えていかなければ、恥ずかしいことだと思います。

 

--「三田の家」(注4)をはじめとして、岡原先生はユニークな教育実践にも取り組んでこられました。先生にとってインクルーシブな場であるということも含めて高等教育とはどのような場所で、またそこにおいては何が保障されている必要があると感じられるでしょうか?

障がいをもっているということも含めて、いわゆる「ダイバーシティ」、多様な文化・考えのひとがいるような場所でなければ、学問というものはできないはずです。そのなかから特別なひとだけを、たとえば、ある属性のひとだけを選んでくるということは学問自体にとってはまったくおもしろくないことです。大学という場が、内輪で何かを楽しむというサークル的なノリの場所であれば、それでもいいでしょうけれど、大学はそういう場所ではありません。それならば、色々な場所とつながる、たとえば、質問にもあった「三田の家」のようなプロジェクトに代表されるようなものですが、老若男女、色々な面で全然「ちがう」ひとたちと学生や先生、職員がつながっていく、ということは、大学にとってはとても大切なことだと考えています。ですから、そのことが保障されている必要があるのではないでしょうか。特定のひとしか入ってこないというようにならないようにすることが重要だと思います。

 

■ それぞれの立場からできること

 

--以前、障がい学生に対する学習支援のシステムの整備やノウハウの蓄積が遅れているとおっしゃっていましたが、先生や職員には今回のプロジェクトを通じて、どのようなことを期待されるでしょうか?

期待というよりもプロジェクトの構想、利用のされ方の話になりますが、先生や職員も、障がいをもった学生が自分の授業科目を履修する際に、あるいは大学内のサービスを利用する際に、どのように対応すればいいか迷っている状態なので、そういったことに対する指針の策定、あるいはそういったことの相談に乗る場所をある程度つくっておかないといけません。現時点でそのような取り組みが明確に行われているのは日吉キャンパスの学生センターで、ここでは、学習障がいの学生に対して、どのように対応するかということについて様々な取り組みを講じてきています。日吉キャンパスではシンポジウムなども何度も開催されていますが、それ以外の障がいの種別も含めた様々な障がいをもった学生に対する包括的な支援を慶應義塾大学としては行なっていないので、この準備室のプロジェクトが、そういった課題に対する窓口になればとも思っています。

 

--近年、学生の中ではボランティアに対する機運の盛り上がりや、ソーシャルベンチャーへの就職なども散見されるようになりました。今回のプロジェクトについて学生に対して求められることはなんでしょうか。また、準備室に協力したいという学生はどのようにすればいいですか?

まずは、自分の履修している授業を障がいをもった学生も履修していたとき、そのことを受け容れて、そこで自分たちができることに取り組んでほしいということです。そして、ボランティアしてみたいという学生については、もちろん応えていきたいですが、うまく需要と供給をつなげるシステムが必要だと感じています。この準備室のプロジェクトが正式に稼働していった場合には、そういったボランティアのコーディネートも業務の内容としていきたいと考えています。

以前、慶應義塾大学に所属する障がい学生の支援に、慶應義塾大学以外の学生を、たとえばノートテイカーとして受け容れることがあったというような話をきいています、これは本末転倒であり、個人的な友人関係などに基づくものであるならばまだしも、単に他大学の学生を連れてきているというだけならば、何とかしたいと思います。慶應義塾大学の各キャンパス内にも、ボランティアに関連する学生団体やサークルはたくさんあるので、そういったサークルも含めた個人や団体をどのようにネットワーキングしていくかということは、この準備室というプロジェクトの大きな課題のひとつになるでしょう。

 

--卒業生や塾外の方へのメッセージなどありましたら、お願い致します。

メールなどでも既に様々なご意見やご経験を寄せて頂いています。そういった貴重な「声」を送っていただくことも含めてサポートをお願いできればと思います。また、慶應義塾大学には直接所属されていない方も慶應義塾大学は、現状この課題について、もっとも対応の遅れている大学のひとつですので、それぞれの大学で「先輩」として色々な経験を蓄積されているでしょうから、それらを分かち合っていただければと思います。よろしくお願い致します。

 

--本日はありがとうございました。

 

<編集後記>

大学とは「ちがう」ひとや文化と出会うための場所であるという岡原先生の発言がとても印象的でした。残念ながら、日本社会において、障がいをもったひとも含めた「ことなった」ひとの存在は、たしかにそこにいるのにも関わらず、無視されがちです。そのような不可視化、消極的な社会からの排除を前向きにのりこえるためにも先ずは大学から変わらなければなりません。また、個別で具体の実践知を集積していくことで大きな力としていくことも大切です。障がい学生の支援のノウハウのデータベース化、ボランティアのコーディネートなど「準備室」のプロジェクトでは、これからも様々な活動に取り組んでいきます。どうかご支援のほどをよろしくお願い致します(荻野)

 

【注】

(1)「生の技法」

安積・岡原・尾中・立岩『生の技法 家と施設を出て暮らす障害者の社会学 第3版』、生活書院、2012 のこと。重度全身性障害者の「自立生活」を中心に、各種の制度や、生のありよう、介助などについて包括的に論じた労作。現在(第3版)は、文庫版が書店で手に入ります。

(2)「NPOノアールと熊篠さん」

特定非営利活動法人ノアールとその代表である熊篠慶彦さんのこと。熊篠さんをモデルにした映画「パーフェクトレボリューション」が2017年秋より順次全国公開予定。障がい者の性の問題に様々な角度からアプローチされ、実践と研究を続けておられます。「我々は、この性に関する問題を中心に、障害者に様々な情報を提供したり、障害者自らが自己選択・自己決定に基づき自由なライフスタイルを選択することができるように支援する環境や斬新な仕組みを作り、また社会一般の人達の理解・協力を得るための情報発信事業を行うことにより、障害者が真に公平な社会参加を実現し、生きる勇気や希望に満ちた人権生活を確立することを目的とし、本法人を設立致します」(公式WEBサイトより)

(3)「差別解消法」

国連障害者権利条約の締結に向けた国内での法整備の一環として2016年4月1日より施行された「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」、通称「障害者差別解消法」のこと。「合理的配慮」が各種法人の義務ないし努力義務とされたことで、「合理的配慮」の内容を説明したり、企業に向けた導入の方法などを説く書籍が書店の棚を賑わしました。

(4)「三田の家」
2006年から2013年まで三田キャンパスに近い場所で、昭和の一軒家を改修してつくりあげたフリースペース。教員や学生の有志、地域商店街などによって運営され、無目的であることの有意義さを、人と人のつながりの豊かさを実現しました。

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